2019年11月21日木曜日

抽象的な旅路を好きになれない大人たち。



こんにちは。


久保田隆介です。


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さて、
みなさんは神社って行きますか??


お祈りとかしますか??


神様とか信じますか??






経営者は、
神社巡りを大切にしている人も
多いみたいですね。


僕も嫌いではありません。






先日自分も、
経営者仲間の方々と
長野県の諏訪神社に行きました。


ご神木っていうんですかね??


ドデカイ立派な樹がたくさんあって、
建物からもパワーを感じました。






しかし、
冷静になって考えてみると、
そこに本当に神がいて、
神のパワーなのかっていうと、、、


未知の世界もあるかもしれませんから
あえて否定はしませんけど、
正直よくわかりません。






ただ、
パワーを感じる気がするっていう
その感覚は事実です。


で、
それを物理的に考えてみると、
単純に都会のビル街と比べると
マイナスイオンが多いとか、
磁場が違うとか、
そういった要素が感覚に与える刺激も
たぶん大きくて、
はっきりはわかりませんが、
たぶんそういうことだと思います。






ただ


本当にそこに神はいるのか??


っていうと、
たぶんいないと思います。






たぶんですからね??






たぶんですけど、
たぶんいないと思います。






神とか、信仰とかについて語る時に


どこぞの神様はこんな神様で…


どこに参拝するのが良くて…


こんな巡礼の作法があって…


こんなご利益があって…


あの神とあの神はこんな関係性で…


などなど、
いろんな要素があると思います。






でもそれ、
最初は誰かさんの
妄想だったわけですよね??


それが100年、500年、
あるいは1000年と時を重ねて来て、
無数の人に知れ渡り、
そして文化となり、
なんとなく力を付けて来た…。


そういうものだと思っています。






もう一度言いますが、
僕も嫌いではありません。






しかし、
もう一度言いますが、
最初は誰かの妄想でしかなかったはずです。






たぶんそれも、
何を言うかよりも誰が言うか??
っていう話で、
いわゆるシャーマン的な人の
発言だったのでしょうね。






おもしろいと言えばおもしろいし、
恐いと言えば恐いものです。






まぁでも、
神が居そうな場所にしても、
それこそ神社にしても、
だいたい木々に囲まれていて、
空気が良かったり、
景観が良かったりするところが
多いですからね。


そういう環境で心を落ち着かせる
っていうのは、
やはり良いことだと思います。


だから先程も書きましたが、
僕も嫌いではありません。






で、
ここからが本題です。






医学史を勉強していると、
“プネウマ”というものが出て来ます。


超簡単に言うと、
昔は血液ではなく、
その“プネウマ”が体内に流れていると
考えられていたという話です。


いわゆる“気”みたいなイメージです。






しかし、
別に西洋医学に心酔しているわけでは
まったくありませんが、
現代医学的に考えれば、
血液の方がどう考えても重要です。


たぶん。
(あえてのたぶん。)


ただ、
その具体的なひとつの解(血液>プネウマ)が
得られたからといって、
抽象的な解が存在する可能性を
排除していいかというと、
それはまた別問題だと思います。






解剖学とかもそうですよね。






より詳細に、
より明確にしようとして来た努力が、
結果的に多くの施術家の
俯瞰力を奪ってしまっている部分も
多少なりあると思っています。






何が言いたいかというと、
抽象的な妄想に端を発した問題から、
視認できる具体的な対象に
解を移行して来たのが、
現代の西洋医学だということです。


良くも悪くも。






余談ですが、
探究心を具現化した先人の行為は
素直に凄いと思うので、
ファブリカに対しては敬意があります。






とにかく、
やはり目に見えないものというのは、
非常に証明が難しいし、
何より基準が明確になりません。


ですから、
一律に発展しにくいということは
もちろん理解できます。






ただ、
人は抽象的なことも
好きなはずなんですよね。


冒頭に書いたように、
それこそ神とか信仰とかがまさにそうです。






いや、
抽象的なことも好きというよりは、
都合よく解釈を捻じ曲げられるものが
好きなのかもしれないですね。






物事の整合性を考える際に、
好き嫌いで語って良いのか??


っていうと、
それはもちろんダメですし、
それこそエビデンス云々言う人たちは、
神に祈ったり参拝したり
するんじゃねーぞっていう話にもなります。






先程のプネウマの話ではないですが、
それでいうと、
イネイトなんかもまさにそれです。






エネルギー療法なんかも


熱エネルギーなら熱エネルギー


音エネルギーなら音エネルギー


運動エネルギーなら運動エネルギー


と、そうならそうと言えば良いのに、
そうとは言わずに漠然と、
あたかも神秘的なような
抽象的な表現をしてしまうから
怪しさが生まれるわけです。


何なら、
『エネルギー=物理の話』
という認識もせずに、
本当に神秘を感じてしまっている人も
多いのが厄介です。


それが素人ならともかく、
プロならばもう少し適切な理解が
伴って然るべきだということです。






抽象度の問題でいうと、
脳や情動などは、
確実に症状との関係が
あると認知されてはいるものの、
すべてが可視化されているわけではないので、
なかなか取っ掛かりにくいのだと思います。


認知度は上がって来ましたが、
人気は△です。






その点、
運動器っていうのは、
見えるし触れられるから、
取っ掛かりやすいのだと思います。


運動器や解剖学は、
人気は◎です。






そう考えると

なぜ筋膜が流行っているのか??

っていうことに関しては、
アナトミートレインが図式化されたから
っていうのが大きいと思います。






いま筋膜大好きなセラピストは、
3年前までは
どう説明していたんでしょうね??


あまりにも筋膜信者過ぎるセラピストは、
頭が悪過ぎてキモささえ感じます。






個人的には、
アナトミートレインが広まったことは、
業界の負の遺産とさえ
感じている部分があります。


一時期でも、
自分も盲目にハマっていた時期があったのが
今となっては恥ずかしいです…。






また、
そもそも筋膜信者たちは、
筋膜について掘り下げようとも
思っていないと思いますが、、、


それでも筋膜が大人気な理由は、
図式化されて取っ掛かりやすくなったから
っていうことと、
あとは何より


都合の良い抽象的な解釈を
具体化するのに最適なツールだから。


だと思っています。


あるいは先程も書きましたが、
都合よく解釈を捻じ曲げられるものが
好きな人が多いので、
捻じ曲げているのにそれっぽいっていうのが、
実に使い勝手が良いのでしょう。






やはり多くの人が
“具体的っぽいこと”が好きなんです。






だからもちろん、
普通にリテラシーが備わっている人には
そうそう相手にされませんが、
筋膜の流行り度合いこそが、
世の中の大多数の人間が
低リテラシーだということの
何よりの証拠なのです。


もちろん、
プロの施術家も含めての話です。






で、
とりあえず簡単に分類してみると


①神及び信仰
└抽象的なはずなのに、
 ある程度具体的に体系立てられている


②運動器及び構造論
具体的で、
 見えやすいし触れやすい


③筋膜
└未知な部分が多いが
 具体的だと誤認されている


④脳
└もっと具体化できるはずだが
 現段階では抽象的な部分の方が多い


っていう感じで、
①~③は人気が高いですが、
④の人気はまだまだ低いという印象です。






もっとも、
④についても声高らかに語っている人は、
既知の情報だけで
あたかも語りきれるかのように
体系立ててしまっていて、
具体性を気取っているような印象です。



そしてそこに、
ザコが食い付くという…。






けっきょく人は、
どういう条件だと好きになれて、
どういう条件だと好きになれないのか??


っていう部分を
もう少し掘り下げる必要がありそうですが、
やはり
“答えをもらえること”が
圧倒的に人気なのかなとは思います。


要は先程も書きましたが、
みんな“具体的っぽいこと”が好きなんです。






既知の情報では語りきれないことなんて
無数にあって、
むしろその方が多いくらいです。


ですから、
あなたの目の前の先生が、
どれだけ知識があるっぽくても、
どれだけ博学っぽくても、
そこで言い切っていることの数が
多ければ多い程、
それは信用に値しない可能性が高いです。






言い切れることなんて、
そんなに多くはないはずですよね??






エビデンスなんて
いくらでも塗り替えられて来たわけで、
それをネタに語るのであれば、
最新こそ尊重されるべきであって、
古いことや源流を気にする必要があるのか??


真実、原因、根本なんて、
そもそも現段階でわかり得るのか??


変化率が高ければそれで良いのか??


いずれも、
答えは“No”です。








わからないことを認めて、
わかったようでも決め付けずに
自ら粗探しをしてみる。


モヤを晴らして、
間違った方向に誘導して来るような情報に
釣られてしまうのではなくて、
モヤの中を進んで行くための
明かりを灯してくれるような情報にこそ
価値を感じられる。


そんな思考力が備わると良いですよね。






100人中3人くらいにしか伝わらないような
内容になってしまいましたが、
逆に3人だけにでも
真意が伝わりますように。






Facebookの方で
いいねしてくれる人も、
たぶんわからないだろうな…。






大忘年会とプラチナアカデミーで
お待ちしています^^






それでは。


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